今後の不動産投資と消費税② 居住賃貸建物の調整計算

令和2年10月以降、居住用不動産の購入をした場合、消費税については一切還付を受けられなくなりました。

もちろん、それ以前にも通常は還付を受けられなかったのですが、金地金の売買などを行うことによって裏技的に還付を受けることができていました。

これが、居住用賃貸建物は仕入れ税額控除の対象外とする改正ですね。

物件購入時の消費税は全く控除されない、ということではありますが、一定のケースでは一部の控除が可能になる調整計算が認められています。

今回はその調整計算についてみていきましょう。

居住用賃貸建物を購入しても、消費税は還付されない

現在の税制下では、居住用賃貸建物を購入した場合は、その購入時点で消費税の還付を受けられる可能性は完全にありません。ゼロです。

居住用賃貸建物の定義については、下記記事をご参照ください。

ですので、どういうことになるのかというと、物件の購入時に売主に対して支払う消費税は、完全に買い手側のコストであるということですね。土地建物の購入金額がその分上昇するということ以外の何物でもありません。

ただ、実はこの居住用賃貸建物を購入した際に売主に支払った消費税については、一定の条件のもとで調整計算を行うことが許されています。

この調整計算に該当すれば、売主に支払った消費税の多くが返ってくる可能性も無くはありません。

今回は、この居住用賃貸建物を購入した際の消費税の調整計算について解説します。

基本的に調整計算の対象となるのは、

  • 居住用賃貸建物を購入後に店舗や事務所などとして貸した場合
  • 居住用賃貸建物を譲渡した場合

の2点です。

それぞれ見てみましょう。

調整計算1 購入後に店舗事務所として使用した場合

居住用賃貸建物を店舗や事務所として賃貸に出していたケースを考えてみましょう。

居住用賃貸建物は、ざっくり言ってしまうと、「居住用に使用できる可能性がある建物」のことです。例えば、居住用の部屋を事務所として貸している、というようなケースは十分想定できるわけですが、あくまで居住用として使用できる以上は居住用賃貸建物に該当してしまいます。

ただ、その後本当に事務所として賃貸し続けたのであれば、購入時点で消費税を全額控除不可としたのはさすがにやりすぎということですね。受け取った事務所家賃に対応する消費税の納税も行っているわけですから。そういう場合には、調整計算が用意されています。

また、購入時点では居住用賃貸を行っていた部屋であっても、事務所として貸したり、あるいは入居者から事務所として使用したいという要望があった場合は、事務所賃貸に切り替えるということも十分あり得る話でしょう。

このような場合には、購入時に支払った消費税の一部が調整されることになっています。

調整計算の規定は以下のようになっています。

消費税法第35条の2第1項

事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が、居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額について第三十条第十項の規定の適用を受けた場合において、当該事業者(略)が第三年度の課税期間の末日において当該居住用賃貸建物を有しており、かつ、当該居住用賃貸建物の全部又は一部を当該居住用賃貸建物の仕入れ等の日から第三年度の課税期間の末日までの間(次項及び第三項において「調整期間」という。)に別表第一第十三号に掲げる住宅の貸付け以外の貸付けの用(第三項において「課税賃貸用」という。)に供したときは、当該有している居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額に課税賃貸割合を乗じて計算した金額に相当する消費税額を当該事業者の当該第三年度の課税期間の仕入れに係る消費税額に加算する。この場合において、当該加算をした後の金額を当該課税期間における仕入れに係る消費税額とみなす。

調整計算の前提条件として、以下の3つの全てに該当する必要があります。

  • 居住用賃貸建物を購入した時に原則課税で申告していること
  • 第三年度の課税期間の末日においてその居住用賃貸建物を保有していること
  • 調整期間中にその居住用賃貸建物を課税賃貸用に供していること

第3年度の課税期間の末日というのは、いわゆる「3年縛り」の期間の最後の日ということですね。

図で示すと、以下のようになります。

この条件を満たすと、以下のような調整計算を行うことができます。

$$居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額\times課税賃貸割合$$

で計算する金額を、第三年度の課税期間において仕入れ税額控除に加算することができる。

つまり、居住用賃貸建物購入時に支払った消費税の金額に課税賃貸割合を乗じた金額が戻ってくるということです。

課税賃貸割合は以下のように計算します。

\(\displaystyle 課税賃貸割合=\frac{調整期間中の課税賃貸用の貸付の対価の額の合計額}{調整期間中の貸付の対価の額の合計額}\)

要するに、調整期間中の、物件の賃料収入全体に占める、消費税の課税される店舗事務所などの賃料の金額の割合分の消費税は還付されるということになります。

一点注意しなければならないのは、これはあくまでその居住用賃貸建物と判断された個々の建物から生じた賃料のみで調整するわけですから、例えば金地金の売買を行うなどによりその法人で他に課税売上を作ったりしても意味はありません。

またその建物の貸付収入ではないその他の収入(駐車場賃料、自動販売機設置手数料、太陽光発電収入など)は反映されないものと考えられます。

基本的には、その専有部から生じる賃料のみで判断するのだという点に注意が必要でしょう。

また、この調整が行われるのは、第3年度の課税期間の末日ですから、その次の日から事務所用に貸しても調整はありません。あくまで調整期間内の割合で計算するのだということになります。

まあ、無いよりまし、といった程度のものでしかないですね。この規定で大きな調整計算が期待できるのは、民泊物件のような、居住用物件を課税事業用に使用するため購入するようなケースでしょうか。

調整計算2 譲渡した場合

次に、居住用賃貸建物を売却した場合についてみてみましょう。消費税法においては、以下のような規定が用意されています。

消費税法第35条の2第2項

事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が、居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額について第三十条第十項の規定の適用を受けた場合において、当該事業者(省略)が当該居住用賃貸建物の全部又は一部を調整期間に他の者に譲渡したとき(当該居住用賃貸建物について第四条第五項の規定により資産の譲渡とみなされる場合を含む。)は、当該譲渡をした居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額に課税譲渡等割合を乗じて計算した金額に相当する消費税額を当該事業者の当該譲渡をした課税期間の仕入れに係る消費税額に加算する。この場合において、当該加算をした後の金額を当該課税期間における仕入れに係る消費税額とみなす。

この調整計算を適用する要件は、以下の2点ですね。

  • 居住用賃貸建物を購入した時に原則課税であったこと
  • 調整期間中にその居住用賃貸建物を譲渡していること

この条件を満たすと、以下のような調整計算を行うことができます。

$$居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額\times課税譲渡等割合$$

で計算する金額を、第三年度の課税期間において仕入れ税額控除に加算することができる。

課税譲渡等割合は以下のように計算します。

\(\displaystyle 課税譲渡等割合=\frac{課税譲渡等調整期間中の課税賃貸用の貸付の対価の額の合計額+譲渡対価の額}{課税譲渡等調整期間中の貸付の対価の額の合計額+譲渡対価の額}\)

こちらも、それぞれの用語を図で示すと以下のような感じです。

調整計算1で見た内容に、その居住用賃貸建物の売却収入を織り込んで調整計算を行う形ですね。

これを見てわかることは、調整期間内に譲渡しなければ、調整計算の対象とはならないということです。

「第3年度の課税期間の末日までに物件を売却するのであれば」、購入時に支払った消費税は結構高い割合で還付される可能性があります。

ですので、例えば、物件を売却するにしても、決済日が調整期間末日の翌日だったりした場合でも調整計算の適用はできませんから、購入後ある程度短期間で売却することを想定する場合は、いつまでに売却するかで消費税の負担が大きく変わる可能性があります。要注意ですね。

調整計算3 店舗だったが居住用に転用した場合

例えば、購入時点では店舗物件であったが、その後レジデンスにコンバージョンした、とうケースも想定はできますね。(まああまり可能性は高く無いでしょうから、頭の体操的な部分ですね)

例えば、1階が店舗になっており、2階以上が居住部になっているような、いわゆる下駄ばき物件で考えてみましょう。

1階部分は、居住用に使用できない店舗であったので、購入時に面積割などの区分計算を行い、1階部分に相当する消費税の還付を受けたとします。

その後、この店舗部分を居住用にコンバージョンして住居賃貸用に使ったら、どうなるのでしょうか?調整計算1で想定されているのと逆のパターンですね。

これについての調整計算が無いということは、店舗物件を購入してその後居住用にコンバージョンすれば消費税還付を受けられるということなのでしょうか?

実は、この場合に適用される調整計算は、別途用意されています。
(別途用意されているというか、もともとあった規定が発動します。)

それが、課税業務用資産を非課税業務用に転用した場合の調整ですね。

課税事業部分を非課税事業部分に3年以内に転用した場合、転用時点で一定の方法で計算した金額を追加で納税する必要があります。

この転用の規定もやはり3年間しか行われないので、どうせ転用するなら3年を超えて調整が不要になってからコンバージョンしたいですね。

調整計算ができないケースとできるケース

これまでいくつかの調整計算をご説明してきましたが、一つ大前提があります。それは、「物件購入時に消費税を払っていること」ですね。

ただ、消費税の支払い有無にかかわらず、調整計算ができるケースとできないケースがあります。

以下の2つのケースで、調整計算を受けられるか否かを考えてみましょう。

購入時点で買い主が消費免税であった場合

買い手が物件購入時点で免税事業者であった場合の適用を受けていた場合はどうなるでしょうか。

この場合、買主自身は消費税を納税する義務はないものの、消費税の請求を売主からされた場合は、当然支払うことになります。

ただ、その後、居住用賃貸建物に関する調整が行われる第3年度の課税期間において消費税の納税義務が生じている場合には、どうなるのでしょうか。

(ちなみに、第3年度の課税期間において消費税の納税義務が無い場合、そもそも消費税の申告書自体を提出しないわけですから、当然ながら消費税の調整計算の適用もありません。)

結論を申し上げると、この場合は、第3年度の課税期間において調整計算を行うことはできません。

 

調整計算は以下のように規定されています。

消費税法第35条の2第1項

事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が、居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額について第三十条第十項の規定の適用を受けた場合において、(以下省略)

消費税法第35条の2第2項

事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が、居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額について第三十条第十項の規定の適用を受けた場合において(以下省略)

つまり、調整計算は、建物購入時に消費税法第30条第10項の規定の適用を受けていた場合に、適用があります。

消費税法第30条第10項とは、居住用賃貸建物は仕入れ税額控除の適用をしないという規定ですね。

消費税法第30条第10項

第一項の規定は、事業者が国内において行う別表第一第十三号に掲げる住宅の貸付けの用に供しないことが明らかな建物(その附属設備を含む。以下この項において同じ。)以外の建物(第十二条の四第一項に規定する高額特定資産又は同条第二項に規定する調整対象自己建設高額資産に該当するものに限る。第三十五条の二において「居住用賃貸建物」という。)に係る課税仕入れ等の税額については、適用しない。

ところで、この条文は、居住用賃貸建物に係る課税仕入れ等の税額については、消費税法第30条第1項の規定を適用しない、という規定です。

では、消費税法第30条第1項は仕入れ税額控除に関する規定ですが、こちらを見てみましょう。

消費税法第30条第1項

事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が、(以下省略)

つまり、消費税法第30条第1項は、消費税を納める義務が免除される事業者は対象から除かれています。

要は、免税事業者の方が居住用賃貸建物に該当する不動産を購入しても、そもそも消費税法第30条第1項の適用を受けられませんから、消費税法第30条第10項によって適用を受けない「こともできない」。ということです。

結果として、免税事業者は、消費税第30条第1項の適用をそもそも受けられないので、消費税法第30条第10項の適用も受けておらず、消費税法第30条第10項の適用を受けていたことが要件となる調整計算もできない、ということになります。

結論としては消費税法第30条第1項の適用は受けられないのですが、どの規定により適用を受けられないかがこの際重要ですね。

なお、これは物件取得時に簡易課税制度の適用を受けていた場合も同じです。簡易課税制度の適用を受ける場合、そもそも消費税法第30条第1項の適用はありませんから、結果として調整計算の適用もありません。

売り主が免税事業者であった場合

では、買い主は消費税の納税義務者であったものの、売り主が消費税の納税義務者でなく、物件購入時に消費税の支払いをしていないようなケースではどうなるでしょうか。

具体的に言うと、売り主がエンドで消費税の納税義務がなく、売買契約書に消費税額の記載が無いようなケースですね。不動産の売買においてはよくあるパターンだと思います。

この場合、消費税の支払いはそもそも契約上なかったわけですが、その場合は支払っていない消費税の調整計算は可能なのでしょうか?

この場合、インボイス制度の導入後は結論が変わってきますが、インボイス導入前の現時点では調整計算の対象となります。

というのも、今の制度では、売り主が消費税を納税していなくても、買い主は仕入れ税額控除の適用を受けることができるからです。売り主の消費税納税と買い主の仕入れ税額控除は連動していないのです。

(これを、売り主が消費税の納税をしていないと、買い主も仕入れ税額控除ができないという連動対応にするのがインボイス制度導入の趣旨ですね)

つまり、売り主が免税事業者であったとしても、買い主は消費税法第30条第1項の適用を受け、購入した不動産が居住用賃貸建物である場合は、それによって消費税法第30条第10項の適用も受け、結果として調整計算の対象にもなる、ということですね。

このあたりの条文解釈は非常に複雑なので、関連条文を下記に記載するにとどめます。

消費税法第2条第8項

資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。

消費税法第2条第9項

課税資産の譲渡等 資産の譲渡等のうち、第六条第一項の規定により消費税を課さないこととされるもの以外のものをいう。

消費税法第2条第12項

課税仕入れ 事業者が、事業として他の者から資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供(所得税法第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等を対価とする役務の提供を除く。)を受けること(当該他の者が事業として当該資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該役務の提供をしたとした場合に課税資産の譲渡等に該当することとなるもので、第七条第一項各号に掲げる資産の譲渡等に該当するもの及び第八条第一項その他の法律又は条約の規定により消費税が免除されるもの以外のものに限る。)をいう。

3年内売却ならこれまでよりも有利?

宅建業者はさておき、不動産オーナーの場合、従来は居住用賃貸建物に該当するような物件を購入した場合、実際には購入時の消費税還付はできませんでしたし、物件売却時の調整計算も基本的にはありませんでした。

それこそ、金地金の売買などにより無理やり消費税の課税売上を作り、入口で還付を受けたりするようなテクニックはありましたが、そのような手段を使っていなかった不動産オーナーにとって、従来から消費税は完全に払いっぱなしになるものでした。

後でテナント貸しをしたり、売却したりしても調整計算は基本的にありませんでした。(その法人の売上構成が完全に変わるなどがあれば別ですが)

そのような中、今回の居住用賃貸建物については、その建物をテナント貸しした場合、第3年度の課税期間の末日までに何らかの調整計算を受けることができるでしょうから、従来よりは若干有利になっている可能性があります。

また、不動産オーナーは通常長期保有前提で物件を購入するでしょうから、あまり想定できるケースではありませんが、購入後3年以内に売却するようなケースであれば、購入時に支払った消費税が一定程度戻ってくる可能性があります。

ですので、そのような点を考えると、一概に不利な規定であるとも言えません。もちろん、金地金の売買で消費税還付を受けていた方にとっては不利な規定ですが。

調整計算により戻る消費税は法人の利益になるので注意

ちなみに、居住用物件の取得時に建物分の消費税を払ったとしても、その消費税は一切控除ができませんから、これは基本的に建物の取得価格を構成することになるでしょう。

一方、売却した場合、過去に建物金額の一部として処理した消費税が返ってくることになります。これは決算書上どのようになるのでしょうか?

結論から言うと、帰ってくる消費税は、決算書上利益になります。

売却時に消費税が軽減されるのは良いけど、利益になるならその分法人税を払わないといけないじゃないか!ということにはなりますが、まあそこまで大きく不利にはならないでしょう。

例えば物件購入時に払った消費税を取得価格に算入している場合、売却時点の建物簿価が消費税分高くなっているはずですから、消費税部分に対応する売却益が小さくなっているはずです。簿価が消費税分大きいのですから、売った時の売却益も当然消費税分小さいですよね。

ですので、この部分の取り扱いが一概に不利だ、という話にはなりませんが、一方でこの点で利益が発生するという点は忘れないようにしましょう。予期せぬ納税になるとよくありません。

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